心の病の原因

 昨年父が亡くなった。67歳だった。

 亡くなる前日までメールもしていたのに突然だった。

 

 遺品整理をしていたら大量の不採用通知が出てきた。

 途中から開封すらされていなかった。

 

 父は半導体の露光装置の技術者だった。

 ある日、ハローワークでガソリンスタンドの仕事を勧められたと言っていた。

 私は'父は賢くて偉大'なんだというエゴのようなプライドに取り憑かれていて

 「お父さんにも好きな仕事をする権利はある」と返事をした。

 それから父は職業訓練校に通った。以前50代の頃リストラされたときに通っていた学校だ。

 いままで電子回路を専門に仕事をしていたのに、プログラミングの勉強なんかもはじめていた。

 私がプログラマー職に就いたこともあってか、職業訓練校で習ったことを嬉々として話してくれた。

 

 私は父がまた自分に可能性を見つけ、生きがいみたいなのを見つけてくれたのだと思っていた。

 

 

 

 だけどそれは完全なる私のエゴだった。

 

 遺品を整理して出てきたのは、金融機関へのキャッシング履歴、金融資産の現金化(つまり切り崩し)、積もる参考書、大量の酒、そして大量の不採用通知

 

 私は全てを悟った。父に理想を語るだけ語って無理をさせていたのだ。

 幸い、金融資産はあったものの、もう切り崩しにかかりはじめていたため

 現金が無くなってきていたのだ。

 

 私はそんなことを気にも止めず、病気をしては父にお金をもらっていた。

 「お金が無い」なんてこと、父は一度も言わなかった。

 きっと親としての立場や責任、真面目な性格だったしそんなことは言えなかったのだろう。

 

 私がもっと稼げていれば、一人暮らしなんかせずに実家で暮らしてあげれば

 父はお金の管理も家の管理も下手だった。母が様々な管理をしていたが、

 母は介護状態になってしまったため、高校から私が父と一緒に家のサポートをしていた。

 でも一人暮らしがしたくて家を出てしまったのだ。

 

 もう少し気づいてあげるべきだった。

 家の中にはインスタント食品が大量に増えてきていて、年寄りには栄養が少ない生活だっただろうこと、安いお酒を大量に飲んでいたこと、慣れない家計管理をしようとしていたこと、冷蔵庫の中身が近くの100円ローソンで買ったもので埋まっていたこと、

家中にカレンダーや張り紙があったこと、色々挑戦してやめた形跡があったこと

 

 見えていたのにな。気づいてあげられたのにな。

 と考えていたら私が機能しなくなっていた。

 

 考えたってしょうがないのはわかっている。

 だけど、一人の老人にエゴを押し付け、大量の不採用通知が届いてどんな気持ちで亡くなってしまったのだろうと思うとやりきれない気持ちでいっぱいになる。

 

 せめて、もっと楽しい思い出をいっぱいにして、終わることができたんじゃないかと。

 自分の無力さとか、悲しい、苦しい想いのまま亡くなってしまったのではないかと

 そう思うと私はなんて愚かなことを言ってしまったのだろうと。

 

 そんな悲しい想いをもう誰にもさせたくない。

 困っている人に必要なのはエゴを押し付けるのではなく、寄り添って支えてあげることだった。

 

 もう同じ想いを誰にもしてほしくない。

 残る母も大切にしたい、同居人だって大切にしたい、

 そのためにもたくさん頑張らなきゃなのに、頭が動かないんだ。