読了 『死体格差』解剖台の上の「声なき声」より

『死体格差』という本を読み終わったので感想を書く。

 

この本は兵庫医科大学司法解剖を長年担当している西尾元教授が書いた本だ。

病院で亡くなったりお医者さんの傍で死亡が判定されなかったいわゆる「異常死体」を検死解剖するのがお仕事だそうだ。

ご遺体が「なぜ亡くなったか」を解明するお仕事。

そもそも異常死体として運ばれてくるものは、ほとんどが孤独死や事故死、殺人などで司法解剖に回されるご遺体であり、故に生前の生活が推測され、その様子が事例として紹介されている。

 

中でも目に止まったのが、独居男性が高血圧による脳出血で亡くなり、

すぐに発見され病院にかかれば助かったレベルの腫瘍だったものの

不運にも男性は一人暮らしのため亡くなったとのことだ。

 

また、老老介護認知症の妻の介護をしている夫が入浴介護中に転倒し、風呂場で溺死してしまったが妻はそのことが認知できず夫の上に座った状態で発見されたなど。

老老介護については介護者に何かがあったときに被介護者も共倒れになってしまうケースがあるみたいだ。

 

この2点について、父は完全に「死体格差」の定義に収まる最期だった。

父は全盲の母の介護をしており、その介護中に亡くなった。

介護ヘルパーさんも来ない曜日であり、発見される2日後まで、母は飲まず食わずの生活をしていた。

母は隣にいるはずの父が亡くなっていることも認知していなかった。

 

もう一歩遅ければ、今度は母が還らぬ人となっていた。

 

亡くなった後に考えれば、多少、私の精神に無理が生じてでも一緒に暮らすべきだったと今でも後悔している。救えた命かもしれなかった。

単純に考えて、いままで40年仕事だけに集中してきたような男性に生活能力があるわけがないのだ。

 

先日見たYoutube動画「終の現実」でも、グットベア鹿児島のサービスとして

終活に向けた独居老人の家具処分サービスを写した様子があった。

妻に先立たれて子供が居ない独居老人が、介護サービス付き有料老人ホームへ引っ越すというものだ。

80歳から住環境をガラリと変えるというのも精神負担が大きそうだが、動画に出て居たご老人は「新しい環境で友達を作るのが楽しみだ」というモチベーションの持ち主だったのが幸いだ。

 

東日本大震災での被災者でも独居老人の孤独死が相次いで居ると本には書かれていた。

仮設住宅で適当に割り当てられた住居のため、今までご近所付き合いのあった人と離れてしまい、コミュニティが形成されないことが孤独死を引き起こす原因みたいだ。

 

独居老人たちが身近な人とコミュニケーションをほどよく取りながら、寂しい思いをせずに最期を迎えるにはどうしたらよいのだろうかと常々思う。

いっそ公営で雀荘囲碁サロン、裁縫教室、料理教室、読書会、ゲートボールの会なんかができればポジティブな感情でコミュニティが形成されるんじゃないだろうか。

そこそこプライベートがあり、そこそこのゆるいコミュニティがある。

 

亡くなった人がいれば、香典なんていう重い風習は捨てて

各々別れの時間をもらえる。

そんな社会になればいいのにと思う。

誰も寂しくならない社会。