気づいたら遺書を書いていた

遺書を書くに至った経緯。

 

レクサプロの個人的な効果は、「悩みの強制終了」だった。

悩み続けるができない状態なので気分は自ずと回復し、

とくに集中して何かをすることはできないけれども穏やかに日々を過ごしていた。

 

そのせいで薬を飲むことを忘れてしまい、年末の5日間くらい飲んでいなかった。

年末、色々あって独り身の者同士を紹介したり、姉夫婦の元で過ごしたりしていた。

それが油断だった。

 

姉夫婦はなんというか知能が低い上に論理性のかけらも無く、ただただ自己都合の感情論でしか物を語らない傾向にある。

元気なときは聞き流せる違和感を、わたしは聞き流せなかった。

 

「子供って嗜好品よね」

しじみちゃんは結婚しないの?」

 

この2点の発言に対して怒りを増幅させた上に、叔母さんから

しじみちゃんは結婚しましたか。したらな教えてください」

と雑な字で書かれた年賀状の写真を送られたことにより、私は怒りに支配された。

 

なぜ彼らはこんなにも常識が無いのか?

こんな田舎者の恥知らずを私の彼に紹介などできない。

結婚は制度であり、戸籍が改変するレベルの出来事なのに、なぜ第三者がこんなにも口やかましく囃し立てるのか?

 

と考え始めたら止まらなくなってしまい、レクサプロによる感情の制御も無いまま

「こんな不幸な人々に囲まれた私なんかと結婚したら彼の迷惑になる」

「職もないし将来に対する担保が何もない。死ぬしかない」

と思い始め

 

自分の銀行口座の暗唱番号と、亡くなったら手続きをしなければならない証券口座や奨学金、生命保険などのメモと同居人氏への感謝を書き残し

父と同様、暖房もつけていない冷たくて薄暗い部屋で泣きながら眠った。

 

目を閉じても涙が溢れ、動機も止まらなかった。

ふと、レクサプロを飲み忘れていたことに気がつき、

レクサプロ1錠とリーゼ3錠を飲み、心を鎮めて眠りについた。

 

 

 

振り返りだが、私は他人に干渉されることが心のそこから苦手なようだ。

私だけじゃない、誰でもそうか。

ただ、他人の言動はコントロールができない。

なので、彼らには近づかない、関わらないが最善の策だし、そうするしかない。

 

だがこの策は父親に対しても同じことをしてしまった。

つまり、私はこれからもそういった人種が身近にいればいるほど

彼らを孤独死させてしまうだろう。

 

誰も気に留めない暗くて寒い部屋の中で、ひどい頭痛から意識が混濁し

たった一人で死なせてしまうのだろう。

 

そう思うと、私はとても悲しくなる。